出入口はどこにある?

お店を運営しているときのことです。

私は、ある時、自分が搾取している側であることに気が付きました。

従業員数15名程度の小さなお店の中で、ふと、それを理解しました。

そして同時に搾取されている側であることも理解しました。

どれだけ、社会において必要とされる業種であったとしても、

どれだけ真面目にやっていたとしても、それがちっぽけなことだとしても、

それは変わることのない事実でした。

マルクスの「資本論」に書かれている

「会社や資本家は、労働者が稼ぎ出す利益の一部を搾取して会社を大きくしていく」

という基本原則を経験から理解しました。

 

そしてそのシステム、構造は、ズームを引いて俯瞰して眺めてみると、

社会のどこまでも続いていました。

私は、資本主義という世界のマネーゲームのルール(、日本特有の「和」という大規模なカルト集団的思想、そしてキリスト教の一信仰者)の中生きていました。

このままではいけない気がしたので、脱出を試みようとしました。

ですが、そもそも出入口を知らなければ、それは不可能なことだと知ることになりました。

出入口は、3次元において見つかることはありません。

(お店を辞め、3人の子育てとゆったりした2年間の生活、瞑想を通して気づいたことですが、)それは「意識」に関することだからです。

また私はその3次元ゲームのルールを受け入れた上で、自分という労働者からのみ搾取する方を選びたいと思い、30歳のときに再出発しました。

(元妻はこの間、私たち家族の人生そのものが明らかにぐらついている中で、私のそういった考え方を全く馬鹿にすることなく、最後まで尊重してくれました。子育てのこと、それぞれの過去の記憶の再起動のこと、心・脳・意識・波動・念に関すること、投影のメカニズムなどの理解が夫婦ともに少しずつ進み、離れて生きる選択をするに至りました。)

以前は会社というのは、大規模なほうが凄いと感じるし、信用があるから「良い」のだと盲目的に信じてしまっていましたが、思い込みだったようです。いまは単純に、大組織でも一人経営でも、やり方が異なるだけだと思っています。また、それが現代は可能です。

 

この記事を書いている途中で小説「出口のない海」を思い出しました。フィクション作品ですが、戦時中の日本人特有の思想を登場人物から感じられますし、それは人が全体として共有している意識ではないかと思えてしまいます。もちろんですが、素晴らしい作品で、読み物として楽しめます。

 

 

日本の学校教育においては、多くの場合に「雇われるための情報を得る」そして「その流れに乗る」ことが一般的ですし、当たり前になっています。それはそれで(その人の置かれている状況や意識によっては)素晴らしいですが、テレビや常識を当たり前と考えずに自ら調べてみることも面白いです。せっかく情報を調べることが簡単になった3次元世界に存在しているわけですから。

これからの人生を幸せに、楽しく、豊かに、そして面白くしていきたいですね。

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