あなたはどうしていますか?これからどうされますか?

私は、両親の仕事の都合で幼い頃から何度も転居を繰り返してきました。

小学生の頃は、様々な習い事もさせていただきました。

父の家系がキリスト教を信仰しておりましたので、子どもの頃は教会に通っていました。

友達も多く、家に遊びにいくことが多かったので、とても恵まれていたように思います。

住んでいる場所が数年間固定している際にも、学校や仕事場を通して知り合いになった方から、人間関係が横に横にどんどん展開していきました。

店舗経営をしていた際には、日本人だけでなく、中国、ベトナム、ネパールなどの方を採用して共に働いていたこともあります。

半自動で店舗経営をしながら隣の居酒屋の人手不足の際にお手伝いをしたり、日本の各地の人材育成や事業づくりの専門家に会いに行ったり。この時期は経営者として過ごしていたため、やはり周囲には経営者の方ばかりでした。私は経営者の集まりなどに顔を出せば、いつでも年が最も若かったのですが、ほとんどの方が敬意をもった接し方をしてくれました。素晴らしい方が多かったです。そして、何か事を為すのに年齢は関係ない、と言われる方ばかりでした。

店舗経営をしながら妻と2人の子供、そして実子である娘の5人家族で過ごしていた時期がありました。

ある時私は再度、体調不良(心と身体の両方がボロボロでした)を起こしていました。その際妻が仕事をし、3人の子どもと専業主夫として過ごしました。息子は小学校で問題児として扱われ、校長、教頭、担任の先生方には随分と(よくない意味で)お世話になりました。自分と大切な人たちの人生をどうにかしたい、と、最も足掻き苦しんでいた頃です。

後に、意識の変換だけが大切である事に気づきます。

前妻とは話し合い、別々の道を歩むことを決め、私は現在、実子である娘と2人暮らしです。

他にもたくさんの経験をさせていただきましたが、とにかく私はこれまで多くの場所で、様々な価値観を持つ人と交流をする機会があったのです。

これは一体何なのだろうか?と考えてみると、かつて私はそういう運命にあったからだとしか言いようがありません。

何か突き動かされる衝動のようなものがあったのです。

知り合いが増えるごとに、新しい発見や価値観の増加を体感しました。

そうすると、私の中で不都合なことが起き始めました。

観念が散らばり身動きが取れなくなったのです。

観念とはその人が信じていることです。

観念と観念がぶつかり合い、大変な事態を招きました。

簡単な例で言えば、

食べたいけど、痩せたい

というものです。

食べることが好き、痩せた方がいいと思っている

表層の話ですが、

これも何らかの体験や刷り込みによって、相反する観念がその人を苦しめる状態なのです。

環境の変化をたくさん体験することによって、多くの人に影響を与え、与えられてきました。

刷り込みを外す方法は、しっかりと学ぶ機会と時間を得ました。

いまは人生に対する考え方が大きく変わり、というよりも元に戻り、穏やかに一人で過ごすことが好きで、そうしていることがとても増えました。

 

人間を知る

他人のことを知る

その人を取り巻く文化を知る

世界を知る

ということはとても大切です。

環境から体験として学ぶことはたくさんありましたが、私はもう充分。

なぜなら、外に答えはないと体験を通してはっきりと理解したからです。

私は自分の人生を俯瞰した時、私には伝えられることがある、伝えたいと思いました。

 

外側の状態を変えようと旅を続け、頑張っている方にお伝えします。

ぜひご自身の内面を見つめてみて下さい。

私とは何か。

私は誰なのか。

何を信じているのか。

それらが現実を創り上げていることが理解できます。

 

私はこれまでのたくさんの人との出会いと、そこで得られた体験に感謝していて、それはいまでも変わりません。

それらの経験から多くを学び、現在の活動を行なっております。

 

お読み下さり、ありがとうございました。

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